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何をどうすりゃいいのかへ、
一番最良の手順をわきまえていたのも、
それを執行するにあたって、
一番落ち着いてその他一同を指導出来たのも、
他ならぬ一番の被害者…というか当事者で。
まずは一体何が起きたのかに関しては、
「一種の呪詞反転だな、こりゃ。」
仕掛けた封印の咒が掛からなかった分だけ、
術師へ跳ね返ってのこの有り様だと言いたいらしい。
実にあっけらかんとしたお言いようだったが、
周囲はそれこそ、
彼が落ち着いていた分だけの困惑のお裾分けが大変で。
「あの場所から何もしないで戻って来てよかったんでしょうか。」
「そうだぞ?
見張りを置くとか、
それか、結界くらい張っといた方が良かったんじゃねぇのか?」
「あのな。
それでなくとも中途半端な状態になってる咒があるってのに、
その間際で、しかも術式で刺激与えてどうするよ。」
夕飯どきにはまだ間があったものの、
一暴れしたんで腹が減ったと、賄いのおばさまに声をかけ。
残りご飯を湯ですすいだ湯づけへ、
きび砂糖と醤(ひしお)とショウガという
当時には贅沢な調味料にて、
濃い目の味付けに じっくりと煮付けた猪肉の佃煮を添えて。
少し大きめの器によそってもらったのを、さらさらとやっつけながら。
手近に投げ出してあった草紙の隙間から、
お行儀悪くも半紙を箸で摘まんで引っ張り出すと、
その上へ濡れた箸の先にて、
草書めいた梵字に見立てて、適当な流線を描いて見せて。
「あん時もちょっとだけ説明したが、
俺が仕掛けたのは、
強力な念咒の炎で眞の名前を吐き出させ、
弊へそのものの影を写し取るって代物でな。」
属性がなかなか割り出せなかったんでという、
ぞんざいな理由から持ち出した遣りようであり、
「そんな術式ってありましたか?」
いかにも非常事態向けっぽい術ではあるが、
ああまで手古摺った相手を、
彼の言いようでは一部なりとも封じれたのだ。
効果はあったし有効には違いなく。
彼ほどに大層な咒力あってこその術であれ、
体系的な教えの中で、少しくらい触れててもいいだろに。
あれれ? 思い出せないなぁと、
書生の瀬那くんが困ったように眉を寄せてしまったのへ、
「正式なもんじゃねぇさ。思いつきでやってみた。」
「……っ☆」
「ひ〜る〜ま〜。」
切羽詰まってたとは言え、
そういうややこしいことをしやがって。
何だよ、
問答無用でこっちへ敵意満々で、
結構 殺気立ってた相手だったろが。
あんなのが里へと降りたらどうなってたか。
それを思えば、
とりあえずの足止めくらいしてぇじゃねぇか。
非常識を叱るという導入からの、
お約束の口喧嘩が始まったくらいだから、
葉柱さんの動揺も何とか収まったらしいとして。
「つまり、だ。」
咒弊に浮かび上がってた名前の内の、
読み上げが間に合った分だけが
封石へ“磔(はりつけ)状態”になったんだがな。
そっちにしたって、
即席の不完全な封印だし、結局 決まらなかったんだ、
そうそう経たずして効力も消える。
「経たずしてって、どのくらいですか?」
「まあ…三日ってところかな?」
そこへと逃げ出した分が戻って来ちまったら、元の木阿弥。
再び合体されっちまうだろうし。
しかも、仕掛けた奴に封印の威力がまんま襲い掛かるって寸法だ。
「あ…それじゃあ、そんなお姿になったのは。」
「そ。
効かなくて弾き返された、一種の呪い返しのせいだ。
まあ、
今のところ半分は効果ありってことなんじゃないか?」
はははーっといかにもあっけらかんと笑い飛ばした蛭魔だったが、
半分て…と、呆れたように肩を落としたセナくんの方が、
パッと見だけならお兄さん。
戻って来てすぐ、
セナくんの衣装の中からとりあえずはと小袖を借りて、
裾は絞らずそのままの袴と合わせての、
随分と砕けた恰好になっている彼だが、
「………おばちゃん、おかわりぃvv」
「はい、たんと食べてくださいねvv」
何でだろうか、
日頃からも全く笑わない彼ではなかったはずで、
笑顔の覚えもちゃんとある皆なのに。
なのに、
“何でだろうか。”
“微妙な違和感が…。”
賄いのおばさまに向けられた
“にゃぱーっvv”という全開の笑いようなのが、
「あまりに馴染みがないから、
違和感に思えてるってだけなんじゃあ。」
横合いから割り込んだお声に解説されてりゃあ世話はない。
「あ、あぎょんだvv」
小さくなった おやかま様と一緒に、
お饅頭をいただいてた仔ギツネのくうちゃんが、
わぁいとお手々を振って駆け寄ったのを、
濡れ縁のところで受け止めての抱え上げ、
よ〜しよしと高い高いをしてやってから、
「らしくねぇ失態だの、陰陽師。」
「けっ。」
すっかりとお子様に変わり果てた蛭魔へ向けて、
彼だと判っておればこそ、
まずはのご挨拶を平然と交わす辺り。
やはり結構な器の邪妖さんだ、と言えて。(言えるのか?)
「何しに来やがった。」
そもそも、お前の縄張りだろうが。
都合の悪いときだけ そうやって押し付けなさんな。
だがまあ、確かに迂闊じゃああったな。
俺らの眷属の集まりに出てたもんで、
監視が薄かったのは事実だし。
大して悪びれることもなく、
さらりとそう言ってのけた蛇の邪神様は、
彼らの獲物であろうとなかろうと、
そこから外へまでは出て行かれぬようにとの
厳重な結界を張り直したことを言いに来たらしく。
『裏山全域で鬼ごっことなるのだろうから、
その間、この坊主は預かっといてやんぜ。』
『はや? あぎょんは行かないの?』
『まぁな。こうた…こん坊も連れてこうな?』
『あ〜いvv』
大事を取ってというならば、
いっそ天世界へ避難させるのが最善なのだが、
“そうしてしまうと、
事態が収拾するまで逢えなくなるから、
そんな手を執りやがったんかねぇ?”
さぁて。あぎょんさんの心境までは測りかねますが。
……あっ、これって
蛭魔さんから誘導されただけですからね、蛇神様。
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*何か妙なところですが、
力尽きたのでここまで。(おいおい)

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